先日書いたこちらの文章における、「事業計画とのすり合わせ」のプロセスについてのお話です。
一口にスクラムマスターと言っても、事業計画に関わる深さは人によって異なります。 会社の文化や、その他様々な要素によって変わるでしょう。 ただしどんな会社においても、数値目標をたてて、それを開発チームに共有するというステップは踏むはずです。
それら数値目標の作成に関して、あなたがどれくらい関与できるかは分かりません。 あなた自身が作るかも知れないし、ビジネスオーナーが中心となって決定し、あなたは共有されるだけかも知れません。 どのような形で共有されるにせよ、あなたが開発チームについて責任を持つ人のひとりであれば、 それらの数値目標を開発チームに渡す前に、適切に理解・検証し、ときにはステークホルダーと調整する必要があります。
この記事では、そのために必要な知識や方法について記載していきます。 なお、この記事は ビジネスオーナーが立てた事業計画を受け取る側の、サービスに最近ジョインしたスクラムマスターの観点から書かれています。
TL; DR
- Lean Analyticsのフレームワークを用いて、現在のサービスのステージについて認識合わせをしましょう
- 投資家・経営陣の意思決定の指標とその理由を正しく把握しましょう
- 現在のステージについてデータを元に裏付けをし、ステークホルダーと合意をとりましょう
ビジネスオーナーと認識をすり合わせるためのステップ
ビジネスオーナーから共有される数値目標を開発チームのものとする前に、下記のステップで認識のすり合わせをしていきます。
- プロダクトのステージに関するビジネスオーナーの現状認識
- プロダクト継続可否のチェックポイント
- 主要KPIの分析
以下、それぞれのステップで行うことについて説明をします。
プロダクトのステージに関するビジネスオーナーの認識
私は事業のデータを見る上で、Lean Analyticsのフレームワークを活用しています。
理由としては、スタートアップの成長ステージに合わせて見るべき指標と、その解釈方法について具体的に示しているフレームワークだからです。 Lean Analyticsのフレームワークにおいて、スタートアップは「共感」、「定着」、「拡散」、「収益」、「拡大」の5つのステージで成長する としています。 それぞれのステージの詳細な説明は書籍に譲りますが、簡単に説明すると下記のようになります。
共感ステージでは、顧客インタビューやソリューションインタビューを繰り返し、解決に値する課題と、ビジネスとして成立しうるソリューションの発見を行います。 定着ステージでは、顧客にとって必要不可欠である、定期的に正しく利用される機能を作ります。 拡散ステージでは、ユーザー獲得や成長にフォーカスします。 収益ステージでは、収益構造について見直して利益の最大化を行います。 拡大ステージでは、市場におけるシェアを拡大するために、競合他社を見て戦略を考えていきます。
このフレームワークに基づいて、自分たちがどこのステージにいるとビジネスオーナーは判断しているのか確認します。 ビジネスオーナーがそのように判断するに至った定量・定性的なデータもあれば合わせて確認します。
プロダクト継続可否のチェックポイント
どのようなプロダクトにおいても、継続可否の判断をするためのチェックポイントというものが存在します。 審査をするのは、スタートアップにおいては投資家であり、企業においては自社の経営陣になります。
このチェックポイントに関して、その時期と観点、基準値とその理由をビジネスオーナーに確認します。 ここが擦り合っていないと、後々の数値目標の温度感について共通認識をつくることが出来ません。 ステークホルダー間でのMTGの議事録や、各種文書があれば確認しておきます。
投資家や経営陣の判断軸において、Lean Analyticsのステージと紐付けられていることはあまりありません。 投資観点では、そのサービスがどれくらいの規模になりうるのかがとても大切です。 TAM (Total Addressable Market)、SAM (Serviceable Available Market)、SOM (Serviceable Obtainable Market) の観点で、数字を作る必要がでてきます。 TAM/SAM/SOM については、下記の記事がとてもわかり易く説明されているので、こちらを参照してください。
投資家の観点で、どのような数字が見られるかというと、例えば○○Pay系のサービスにおいては、決済単価も見られる指標の一つになりうると思います。 実際の決済単価のn%を収益とする〇〇Pay系のサービスにおいて、少額決済のみに利用されているのか、それとも高額な決済にも利用されているのかはSOMが大きく変化しうる要素です。 このように投資家の観点と、Lean Analyticsのステージは必ずしも完全に一致しないものの、ある程度リンクさせて考えないと健全でないサービスの成長をしかねません。
主要KPIの分析
これまでのステップで、ビジネスオーナーの現状認識と、投資家(自社の経営陣含む)からの期待値について把握しました。 このステップでは、現状を定量的に捉えることによって、目標とのギャップを正しく認識していきます。
Lean Analyticsではステージごとに分析するべき指標について、いくつか例を出してくれています。 例えば、定着フェーズにおいてはユーザーがサービスに費やした時間やチャーンレートに復帰率など、 拡散フェーズにおいてはバイラル係数などを見ることを推奨しています。
ここではビジネスオーナーの認識が拡散フェーズであるとして、データを確認していきましょう。
データの見方について
最初に、自分たちが認識している前のフェーズについて、本当に完了させることが出来たのか確認していきましょう。 例として、自分たちが定着フェーズを本当に終わらせることができたのかを確認します。 このとき、ユーザーの登録日時でコホート分析することをおすすめします。
ユーザー傾向変化を掴むためのコホート分析その1
例えば、メルカリのようなフリマアプリを例にデータを見ていきます。 例のためにユーザーの継続率を示す表を作りました。 横軸がユーザーの登録月、縦軸が分析対象月を示しています。
201807 | 201808 | 201809 | 201810 | 201811 | 201812 | |
---|---|---|---|---|---|---|
201807 | 1.0 | NaN | NaN | NaN | NaN | NaN |
201808 | 0.8 | 1 | NaN | NaN | NaN | NaN |
201809 | 0.7 | 0.7 | 1 | NaN | NaN | NaN |
201810 | 0.6 | 0.5 | 0.6 | 1 | NaN | NaN |
201811 | 0.6 | 0.4 | 0.4 | 0.5 | 1 | NaN |
201812 | 0.6 | 0.4 | 0.3 | 0.3 | 0.5 | 1 |
このような形で確認すれば、サービスが良い方向に向かっているのか、それとも悪い方向に向かっているのかを確認することができます。 この表でみると、ユーザーの継続率は徐々に減少していると言えるため、定着フェーズは終了できていないと見ることができます。 ユーザーのnヶ月目継続率を表現しており、そのような数値は大半の方が見ていると思います。 この表はわかりやすいので、次はもう少し複雑なデータを見てみましょう。
ユーザー傾向変化を掴むためのコホート分析その2
こちらも横軸がユーザーの登録月、縦軸が分析対象月を示しているデータです。
201807 | 201808 | 201809 | 201810 | 201811 | 201812 | |
---|---|---|---|---|---|---|
201807 | 1.0 | NaN | NaN | NaN | NaN | NaN |
201808 | 0.9 | 1 | NaN | NaN | NaN | NaN |
201809 | 0.8 | 0.9 | 1 | NaN | NaN | NaN |
201810 | 0.8 | 0.8 | 0.9 | 1 | NaN | NaN |
201811 | 0.8 | 0.8 | 0.8 | 0.9 | 1 | NaN |
201812 | 0.8 | 0.8 | 0.8 | 0.8 | 0.9 | 1 |
上の表を見ると、半年後チャーンレートが2割になっています。この結果を見ると定着フェーズは終わっているので、次に進みたくなりますね。 その誘惑をぐっとこらえて、次は一人あたりの平均売上という観点でコホート分析をしてみましょう。
201807 | 201808 | 201809 | 201810 | 201811 | 201812 | |
---|---|---|---|---|---|---|
201807 | 25000 | NaN | NaN | NaN | NaN | NaN |
201808 | 32000 | 30000 | NaN | NaN | NaN | NaN |
201809 | 28000 | 25000 | 20000 | NaN | NaN | NaN |
201810 | 29000 | 23000 | 19000 | 15000 | NaN | NaN |
201811 | 30000 | 20000 | 18000 | 13000 | 11000 | NaN |
201812 | 31000 | 18000 | 15000 | 11000 | 9000 | 9000 |
一人あたりのユーザーがサービスに使ってくれるお金は徐々に下がっていることがわかります。 次は、購入者が販売者から商品を買うまでに必要なやりとりの平均値についても見ていきましょう。
201807 | 201808 | 201809 | 201810 | 201811 | 201812 | |
---|---|---|---|---|---|---|
201807 | 3.1 | NaN | NaN | NaN | NaN | NaN |
201808 | 28 | 2.1 | NaN | NaN | NaN | NaN |
201809 | 2.1 | 2.8 | 6.2 | NaN | NaN | NaN |
201810 | 2.8 | 2.7 | 6 | 7.2 | NaN | NaN |
201811 | 2.4 | 2.6 | 5.8 | 7.3 | 8 | NaN |
201812 | 2.3 | 2.4 | 5 | 7.6 | 8.1 | 9.1 |
購入者が商品を購入するまでに、販売者とやりとりをする回数が劇的に増加していることが見て取れます。 フリマアプリにおいて、購買者の大多数が何度も値切り交渉を販売者に行い、かつ購入後にも何らかの連絡をして、 いかに品物を安く購入するか考え続ける人であったとします。 そのような購入者が大半を占める場合、販売者は少しくらい安く売れてしまったとしても、 違うフリマアプリに流れてしまうことが考えられます。
四半期もあれば、ユーザーの傾向は十分に変わりえます。 次のフェーズに進むには、今いるユーザーが当初予定していたペルソナと一致するのか、 ビジネスとして成立しうる優良なユーザーなのかを慎重に確認する必要があります。 可能であれば、 ユニットエコノミクス の観点でもデータを見ておくことをおすすめします。
どれだけユーザーが定着していたとしても、そのユーザーがサービスにとって望ましいユーザーでない場合はサービスを次のフェーズに進ませることは正しくありません。 ここを理解せずに次のフェーズに進んでしまっても、お金や時間をムダにするだけでなく、当初のターゲットとしていた優良ユーザーは離れ、優良でないユーザーのみが残ってしまい、元に戻ることができなくなる可能性があります。 (ただし、SNSなどは、ユーザー数がクリティカルマスに到達しなければ適切に価値を提供できません。そのため、定着・拡散フェーズの移行の判断は、より難しくなると思われます。)
データの分析方法について
もしあなたが小さいスタートアップに所属している場合は、データ分析者がいなかったり、いたとしても他の重要な案件にかかりきりで、これらのデータ分析に工数を割くことができない可能性があります。 その場合は、あなた自身がこれらのデータを出すことも検討しましょう。私としては、Pythonで簡単なデータ分析ができるようになることをおすすめします。 Python公式のチュートリアルと、「Python実践データ分析100本ノック」という書籍を一通りやれば、必要最小限のデータは見れるようになっているかと思います。 ちゃんとやれば一月程度で十分学習可能なので、時間を見つけては学習しておきましょう。
私がPythonをおすすめする理由としては、スタートアップにおいては十分にデータがクレンジングされていないし、データが様々な場所に散らばっていることが珍しくないからです。 たとえば、アプリ側のデータはFirebaseを利用してBigQueryに格納されていて、サーバー側のデータはAWSのRDSに格納されており、それらを統合して見る環境が整えられていないなどの状況がありえます。 Pythonであれば、BigQueryとRDSのデータをコード上でジョインしたり、複雑な条件でデータをクレンジングすることも難しくありません。 そのため、SQLについて学習することももちろん必須ですが、Pythonとそのデータ分析用ライブラリであるpandasについても、データ分析者ほどの専門性は不要だとは思いますが、身につけておくと良いでしょう。 ちなみにSQLについて学ぶのであれば、こちらの書籍がおすすめです。 私はSQLを実行してBigQueryとRDSからざっくりと必要なデータを取得し、その後Pythonでクレンジングや加工、グラフ作成などを行っています。
分析の際においては、極端に悪いユーザーのデータだけでなく、極端に良いユーザーのデータも除外することを意識しましょう。 無意識に都合の良いデータだけを見てしまうのは、分析の際によくあります。 ここは強い意思を持って、信頼区間内のデータだけを分析対象としてください。
さて、ここで現在のステージの再確認が終わったら、次は再確認したデータを元に目標値とのギャップを正しく認識します。 そのギャップの大きさを把握できたら、どのようなコスト・リスク・体制で戦っていくのか、ビジネスオーナーと共通認識を作ります。 その具体的なプロセスについて、次の記事に記載します。
まとめ
プロダクトの目標について期日と具体的な数値・理由について把握して、プロダクトの現状について正しい共通認識を作って、それで初めてプロダクトの開発方針を定めることができるようになります。 最初のプロセスで失敗するとあとでリカバリーができないので、このプロセスは慎重、かつ迅速にすすめていきます。